春秋謳歌

第8回 幻の口かみ酒

第8回 幻の口かみ酒

 人の影響をもっとも受ける酒といえば口かみ酒だろうか。なにしろ麦芽も麹(こうじ)も使わない。原料をもぐもぐ噛んで吐き出せば唾液で糖化され、野生酵母が混入して自然に酒ができあがる。奄美大島では幕末まで「年若き女が塩にて歯を磨き」噛んで造っていた(南島雑話)。酒の醍醐味のひとつは造り手の顔を想像しながら飲むところにある。となれば、是非この究極の手造り酒の実態を知りたいものとかねがね思っていた。

 台湾を訪れた際、貴重な写真と本を見ることができた。その造り方は、まず脱穀した粟に水を加え杵で搗いて生地を作る。これを2つに分けて芭蕉の葉などにくるみ、蒸す。木桶と酒壺を用意し、木桶に蒸し上がった生地のひとつを広げる。酒壺には熱湯と木の葉を入れておく。もうひとつの生地を取り出し、一握り口の中で噛んで、さらに酒壺の殺菌水を含んでもう一度噛み木桶へ吐き出す。これを繰り返して、吐き出したものと木桶の生地をもみ合わせる。

口かみ酒(台湾)

口かみ酒(台湾)

これを熱湯で殺菌済みの酒壺へ入れ、冷水を加えて酒壺の口を塞ぎ室温に静置する。2日後、藜子(れいし)(薬草の一種)に水を少し加えて臼で粉状に砕き、酒壷の中に入れて混ぜる。あとは酒壷の口を覆い、その上から重石を乗せて発酵させ、2、3日後に上澄みを飲む。思いの外、念が入っている。

 台湾原住民には、酒造りの時期、お酒を飲む時期、お神酒は若い女性に限る、など一定の決まりごとがあり、豊かな酒文化が深く根付いていたという。だが、少なくとも3000年以上の歴史を持つと言われるこの原住民の酒は1957年の酒造り禁止令により、今ではわずかな資料でしか知ることが出来ない。残念なことに、写真でみた口かみ酒の造り手は妙齢の女性ではなかった。

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