春秋謳歌

第61回 「壁」への挑戦

第61回 「壁」への挑戦

 陸上男子100メートルで、ついに桐生祥秀選手が日本人として初めて「10秒の壁」を破った。1998年に伊藤浩司選手が10秒00の日本新記録を出して以来、0.02秒縮めるのに19年の歳月を要したことになる。

 0.02秒の間に進む距離はおよそ20センチだという。100メートルの20センチといえば、100分の0.2ということになる。わずか0.1~0.2%の世界をめぐって多くの選手が厳しい練習に耐え、この壁に挑みことごとく跳ね返されてきた。この挑戦に何の意味があるのかと問われれば即座に答えは出てこない。ひとことで言えば「そこに壁があるから」ということになるだろうか。思えば、酒造りも「壁への挑戦」の日々と言えなくもない。

 焼酎の命を形作っている微量成分の量は、0,2%程度に過ぎない。残りの99.8%は水とエチルアルコールである。この0.2%のためにしのぎを削っているのが酒の世界である。なにやら「100メートルの壁」への挑戦に似ている。

 だが、100メートル競走は100メートル先の線をいかに早く駆け抜けるかが勝負だが、酒の到達点にゴールの線はなく、距離も100メートルと決まってはいない。あくまで全体の100分の0.2をどう作り上げるかが勝負である。勝負もまちまちで、香りの競争、味の競争、バランスの競争であったり、常識への挑戦であったりする。ゴール地点は市場のニーズであったり、技術の成果であったり、個性の付与であったりする。その道は直線道路ばかりではなく、でこぼこの山道であったりする。

 だが、壁を破った達成感はいささか似ているかもしれない。桐生選手の周りには、先を越されて悔しがるライバルがひしめいている。ひたすら走り続けなければならないのも、酒造りと似ているように思う。「壁」を破ったからこそ、新聞の一面を飾り、時の人となることができる。桐生選手の活躍に刺激されて奮起するひとがいることを思えば、「壁を破る」ことを目指して走る続ける意味もありそうである。

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