第31回 酒の醍醐味
陽射しが強くなり木陰の涼しさが心地よい季節になってきた。キリリと冷やした焼酎が似合う季節のように思えるが、焼酎の醍醐味は夏に飲むお湯割りにあると思っている。ホンワカとした暖かさがくつろぎの時間を与えてくれる。くつろぎとなると酒器にもこだわり演出を楽しみたいもの。芋焼酎では黒ジョカだが、今年の冬すばらしい酒器に出会った。
旬の越前蟹を食べたいと立ち寄った12月の福井三国港は肌を突き刺す冷たい風が吹き荒れていた。酒はその生まれた土地で、土地の食材を肴に飲むのが一番である。凍える外気、とれたての蟹、熱々の鍋とくれば、ここはやはり地元の清酒を熱燗で、ということにならざるを得ない。席に着くや、早速燗酒一本を注文した。しばらくすると、お店の人が玉手箱のような朱塗りの箱をもってきて、5分間お待ちください、と言う。酒を注文して箱が出てくるのは初めての経験である。箱を開けてみて唸った。箱の上蓋をとると、内側にはあざやかな朱の漆が塗られている。蓋のないものはあるが蓋つきは見たことがなかった。蓋をあける前の玉手箱気分がなんともいえない。シンプルな中に気品が漂っている。箱の中にはお湯が入っていて、そこに徳利が浸かっている。5分間待つとちょうど手ごろの温度になる。ぬるくなれば、また箱の湯に浸ければよい。はやる気持ちを抑えて待たせる5分間の演出も心にくい。
「お酒はぬるめの燗がいい、肴はあぶったイカでいい」と演歌は歌うが、「酒は熱燗、肴は越前蟹」が南国の人間が北陸に抱くイメージである。それを楽しみにわざわざ来た。そこに粋な演出のお燗酒が出されるのだからたまらない。久しぶりに酒と料理の醍醐味を味わった。このお燗セットを清酒だけに使うのはもったいない。これは最近はやりの焼酎の前割りに使えそうだ。ポットのお湯割りに馴れた焼酎呑みが5分もの間待てるだろうかといささか心配ではあるが、清酒のお燗にしても焼酎の前割りにしても、最後の味は飲み手が造る飲みかたである。自分だけの味と雰囲気を楽しみたいものである。