第37回 温故知新
近頃、古い酒造りを復活させたいという相談を受けたり、再現に挑戦しているという記事を見かけるようになった。製造技術が向上するなかで、もしかしたら大事なものを切り捨ててきたのかも知れず、現代に活かす知恵がそこにあるかもしれないという思いからのようである。
酒の製法はもともと、その土地の原料や気候の制約のなかで、多くの試行を積み重ね、いくつもの選択肢がある中から特定の製法に収斂されてきたものである。選択の要件にはいろいろある。大型化、近代化に適応でき生産性が高められるかどうか、腐造の危険が少なくより安全に製造できるかどうか、品質が向上するか、などである。選択されるものがこのすべてを包含しているとは限らない。品質よりも近代化が優先されることもある。酒税法など外的要因により、発展の芽を摘まれることもある。
そのひとつの例が沖縄の芋焼酎である。沖縄の酒といえば泡盛、クエン酸を造る黒麹菌を用いて造られる全麹の米焼酎である。だが明治の終わりまで泡盛を凌駕する勢いで飲まれていた芋焼酎があったことを知る人はほとんどいない。その製法は現在の芋焼酎とは全く異なるもので、麹原料は大麦の粥とモミ殻などを団子状に練り固めたものであり、麹は黒麹ではなく“黄白色の菌糸”を持つもので、できた麹は風乾して貯蔵するという中国式のものであった。これに木臼ですりつぶした蒸煮甘藷を加えて発酵させていた。大半は中流以下の飲み物であったが、中には、琉球政府の高位高官ですら“芋酒は泡盛より美味”だとして“良質なる芋酒を探し求めて”いたという。どんな味わいか興味をそそられるが、残念ながら明治後年に密造酒とみなされ、消えてしまった(田中愛穂「琉球泡盛ニ就イテ」)。
商売ではなく自分のために、あるいは人に差し上げるための酒つくりには手間暇を惜しまない。効率を追い求めない酒造りには、酒造りの原点があり、現代に活きる知恵が隠されているように思える。